太陽のひかりで真っ白なこの小さなカフェの主人はちょっとカタブツなおじさんだ。
こんなオシャレでステキなカフェにちょっとミスマッチな彼を皆好いている。
私は友人たちとお昼ご飯を食べに来ていた。
早くにシングルマザーになった女の子とその2才の息子。
幼馴染のハーフの男の子。興奮すると早口の英語で相手をまくしたてる。
内気で足元ばかり見ている年下の女の子。
細身のちょっと軽そうな男の子。
ここのカフェで、このメンバーで、この時間に。
ひとつのテーブルを囲んでお昼ご飯を食べることが好きだった。
おじさんには大人数で来るなといつも文句を言われていたけれど。


数年前までここには年上の友人と2人で来ていた。
けれど、海の向こうへ引っ越してしまった。


そのころからこの国の政治や世界的な立ち位地は不安定で。
彼が引っ越して行った時、私は何となく彼がこの国を捨てたような気分になった。
でも彼の選択は間違っていなかったと思う。
彼がそこまで予測していたかはわからないけれど、もうすぐこの国は戦争を始める。
若くして子どもをもった彼女は、こんな時代に息子を産んだことを少し後悔していた。


開戦してからの情勢は最悪だった。
こんな田舎まで戦火はやってきて、私たちは野戦病院に身を寄せていた。
病院は、空爆を受けないから。
そう考える人は山のようにいて、病院関係者や軍人さんが集まった人たちを色々な方法で追い返しているけれど
見つからないように私たちは毎夜、闇に身を潜めて病院の敷地内に潜り込んでいた。


太陽が昇る前にはここを出て、ひたすら逃げ回る毎日。
時々、あのカフェを思い出していた。


雨が降った日。
うめき声の絶えない病院内にいつものように潜り込んで、うたた寝をしていた時
早口の英語で目が覚めた。
まさか地上戦がおこなわれているなんて。
ここが病院だとか、関係なかった。
もうすぐこの国は負けるんだろう。
だったらどうしてこの人たちは私たちを殺しに来るんだろう。
銃声の飛び交う中を必死になって逃げている私は、どこか冷静で
答えの出ないことをずっと考えていた。


夜明けと共に雨は止んで、日が高く上った頃
私たちは崩れた家の陰に隠れていた。
鳴り止まない銃声。爆発音。
身を寄せて、私たちは離れなかった。
意識は朦朧として、
何日食べていないんだろう。
隣にいる友人たちが生きてるのか、死んでいるのかもよくわからなかった。


突然現れた鈍く光るそれにも反応できなかった。
銃口
突きつけられたそれは、どこか本で見たようなぼんやりとしたものでしかなかった。
でも絶対的な絶望感のようなものもあわせもっていた。
多くの人がそうするように、私も一瞬でそれに屈服し、絶望した。
もうどうでもいいかなって思ったとき、ぼんやりと数年前海を越えて行ってしまった友人を思い出した。
やはり彼の選択は正解だったのだと思った。
銃口は下げられた。
肩をつかまれた。
顔を上げると、そこには選択を正解したはずの彼がいた。
驚きと、泣きそうな彼の顔を見たときに、正解なんてこの世にはないことを悟った。


別の足音が近づいてきて、私たちは反射的に逃げていた。
崩れた家を通り抜けて
銃声のしない方向へ
走って走って
振り向いたら誰もいなかった。
焦ってまわりを見渡したら道の向こう側に友人たちがいた。
ほっとして道を渡ろうと足を出した時、
何かがはじける音がした。


今日も太陽のひかりで真っ白なカフェ
おじさんがいつもの仏頂面で今日のパスタはトマトと言った。
パスタとパンとレモンウォーターをトレイに載せてテーブルに向かうと少し大きくなった友人の息子が笑顔で椅子をひいてくれた。
戦争はもうここにはない。
ひとつのテーブルを囲んで、時々英語まじりの声を聞きながらお昼ごはんを食べる。
足元ばかり見ていた視線は少し高くなって、目が合うようになった。
時折強い光りを宿すようになった少年の目。
こんな時代に子どもを産んだことをやっぱり彼女は少し後悔していて。



ここのカフェで、このメンバーで、この時間に。
変わっていくような、変わらないような。
不思議な時間を過ごしている。
大人数で来るなといつもの文句に、笑みを返す。










という夢を見た。
寝覚めが最悪だった。